魔女と魔無しと〜1〜




 日も落ちかけた夕暮れ時、突如として室内に鳴り響いたチャイムの音に、ミズキとミリスは顔を見合わせた。

「誰だ、こんな時間に?」
「さあ、誰かしらね」

 王都エスラキアの住宅街。その裏通りに位置する雑居アパートが、二人の住処だった。
 三階建ての、一階三室のアパートだ。
 造りも古く、交通などの便も悪いために、ミズキ達以外に居住者はいない。
 行政区や王城へ繋がるメインストリートからは脇道にそれ、更に迷路のような路地を通り抜けた先にあるこのアパートには、基本的に殆ど人など訪れることは無かった。
 しかも、時刻も夕暮れ時と中途半端だ。多少、いぶかしむのも無理からぬことだった。
 しかし、だからといって出ないわけにもいかない。ソファーに座っていた腰を上げ、ミリスが玄関へと赴く。
 ドアを開けると、そこにいたのは壮年の、身なりの良い男だった。
 ロマンスグレーの髪をきちんとセットし、紺のスーツを着こなすその様は、正に出来る男といったところか。
 その後ろには、護衛なのだろう。二人の屈強な男が控えていた。

「あら、久しぶりね」
「そうだな。済まないが、話があってね。上げてもらえるかな?」
「ええ、どうぞ。リビングにミズキがいるわ」

 見知った男だったのか、ミリスは軽く挨拶をすると、あっさりと部屋へと招き入れた。
 男の方も、勝手知ったるという風情で、護衛の二人を待たせて部屋の中へと上がりこむ。
 そして、リビングに姿を見せた瞬間男を出迎えたのは、

「げ、アンタだったのかよ」

 遠慮も呵責もない、ミズキの真剣に嫌そうな表情であった。

「ご期待に添えなくて、申し訳ないな」

 しかし、そんなミズキの態度もさらっと流し、男はミズキの反対側のソファーに腰を掛けた。
 ミリスが運んできた珈琲を受け取り口を付けると、男は感心したように言う。

「旨いな。また珈琲を淹れる腕が上がったんじゃないかい?」
「あら、お世辞でもそう言ってくれるのはありがたいわね。ミズキときたら、それに砂糖を五、六個入れないと飲まないんだから」
「む、それはいけないな。そんなに砂糖を入れては珈琲本来の味が損なわれてしまうじゃないか」

 そう言って、男はミリスと二人でミズキを責め始める。いきなり始まった珈琲談義に、うんざりした表情を見せるミズキ。
 この男が来ると、いつもミズキはまずいの一番に珈琲の飲み方について責められるのだ。
 砂糖は入れる派のミズキとしては、ここは大いに反論をしたいところなのだが、しかし口にしたのはそれとは全く別の言葉だった。

「……アンタ、珈琲談義をしに態々家に来たのか?」
「おっと、そうだった。思わず熱が入ってしまった」

 ミズキの呆れ混じりの言葉に、男はあっさりと話題を打ち切った。
 当然のことだが、ただ珈琲談義をする為に来たわけではなかったらしい。

「さて、まずは昼間のことだ」

 男は、先程までとは表情を変え、苦い顔で切り出した。

「……また、派手にやったそうじゃないか」

 続いて発せられた言葉の調子は、その苦り切った表情よりも更に渋い。

「重症患者四人を出した上に小火騒ぎ。加えて、店の損壊も無視できる範囲を超えている」

 一旦そこで言葉を切ると、男は更に表情を曇らせた。渋面、ここに極まるといった様子だ。

「強盗を押さえるのは良い。だがもう少し穏便には出来ないものか?」

 最後の方など、殆ど溜息に近い。
 しかしそれに対して返ってきたのは、謝罪でも弁解でもなく、悪態であった。

「なんだよ、嫌味を言いに来たんならその茶、引っ込めるぞ」

 お帰りはあちら、と玄関を指したのはミズキである。
 テーブルを挟んで男の対面。男とは対照的に、だらしなく姿勢を崩してソファーに座っているミズキは、いかにもうんざりといった様子で言う。

「政務官ってのは案外暇なんだな。こんな所に来る時間がある位仕事が無いのか?」
「なに、心配には及ばんよ。幸いにも仕事には事欠かなくてね、この後も昼間の件の後始末に動かなければならんのさ」
「……そりゃ、どういたしまして」

 皮肉たっぷりの男の言葉に、思わず眼を反らしてしまうミズキ。
 どうにもミズキは、この男――グラキオ=アルカリスを苦手としていた。
 グラキオ=アルカリス。
 ミズキの言ったように、この国の政務官を務める男である。現大臣ゴーエンの右腕として動いており、そのゴーエンが病に伏しているため、現在は彼の職務の殆どを代行している。
 王からの信頼も厚く、次期大臣は間違いなしと目されている男であった。
 ミズキなどはぞんざいに接しているが、実質的にエスラキアの政治を動かしているのは、彼だといっても過言ではないのである。
 そんな国の主要人物が、何故ミズキ達を訪ねているのか。
 端的に言えば、ビジネスのためである。
 『探し人から怪物退治まで』をモットーとする、ミズキ達の営む便利屋稼業。
 グラキオは、その大口の顧客の一人であった。

「さて、世間話も悪くはないが、先程も言ったように私には余り時間が無い。そろそろ本題に入ろう」
「仕事の依頼、かしらね」

 先ほどまでとは一変して、真剣な面持ちになったグラキオに応じたのは、一人座らずに立っていたミリスである。
 最初から本題に入れよと茶々と入れるミズキの頭を軽く叩き、その座っているソファーの背もたれに手をかけ、グラキオと相対する。

「話が早くて助かるな。今回もまた、君達の腕を借してもらいたい」
「依頼ならば受けるわ。詳細を話して」

 愛想も無く淡々と言葉を紡ぐミリスの様は、とっとと話せと言わんばかりであった。
 ミリスにしても、このグラキオという男をあまり好意的に受け入れているわけでは無いようである。
 それをしっかりと感じ取っているのかグラキオは苦笑し、ミリスの言うように仕事の内容に言及し始めた。

「まず、最近王都で銃を使った犯罪が多発しているのは知っているかい?」
「ええ、今日も丁度それに出くわしたわ。全く、軍部は何をしているのかしらね?」
「はは、耳が痛い話だ。だがそう、その君達が出くわしたという事件も、今回の件に無関係ではないんだ」

 ミリスの皮肉をさらりと避けて、グラキオは更に続ける。

「君達が取り押さえた強盗達。使用していた銃はヴェルハイム社の回転式拳銃、それも大分古いモデルだったということで、間違いは無いかい?」
「ああ、間違いないぜ。だが、幾ら旧式とはいえまだまだ高価な代物の筈だ。あんなもの、一体どこで手に入れたんだか」
「そう、そこだ」

 ミズキが何とはなしに漏らした一言。グラキオはそれに反応した。
 つまり、銃の入手経路だ。

「知っての通り、銃というものが大分一般に流通するようになってきたとはいえ、まだその値段は一般人に手の届くような額では無い。それは、ミズキも言った通りだ」
「そうだな。それで?」
「そう、しかしだ。最近銃犯罪を犯した者は、その殆どが富裕層でもない一般市民。更にその中でも、日々の暮らしも危ぶまれているような者ばかりだった。当然銃など買えるような経済状況には無かったはずだ」

 果たして、それは一体何を意味するのか。
 この時点で、ミリスもミズキもおおよその予想は付いていた。
 しかし、敢えてグラキオの次の言葉を待つ。

「加えて、そういった者達が所持していたのは、決まってヴェルハイム社の旧式拳銃だった。そして入手経路も、口を揃えてこう言っている。知らない男から貰った、と」
「つまり、銃をこの王都でばら撒いている奴がいるのね」
「そう、そういうことだ」

 ここまでヒントが出されれば、解らない道理もない。
 我が意を得たりと、ミリスの言葉にグラキオが頷いた。

「今回君達には、その銃をばら撒いている人物を探し出してもらいたい。場合によっては、殺しも許容しよう。後始末はこちらでやる」
「殺しも有り、か。穏やかじゃないな。そもそも、そんなこと態々俺達に依頼せずに軍を動かせば済む話じゃないのか?」
「無論、そうできない理由があるから君達に依頼するのだよ」

 そう口にしたグラキオの表情は、どこか重苦しい雰囲気を纏っていた。
 それを察したミズキとミリスも、真剣な面持ちでグラキオの次の言葉を待つ。

「……この国の内部に、銃の拡散に関与していると思われる者がいる」 

 押し殺した声でそう告げたグラキオの拳は、膝の上で硬く握り締められていた。
 己の内に湧き上がってくる怒りを、必死で押さえこんでいるのである。

「実は、君達に依頼する前に、既に私は軍の知人に頼んで事件について調べてもらっていたのだよ」
「……それで、結果は?」
「成果無し、だ。相手の尻尾は見えていながら、決定的なところでいつも空振りに終わったらしい。まるで、こちらの動きが相手に知れてでもいるかのように、な」
「なるほどな。それで内通者がいる、と」

 グラキオの言葉を聞き、ミズキは納得したように頷いた。

「その内通者が誰かは?」
「残念だが、まだ判明していない。既に何人かに絞りこんではいるのだが、確証が無くてはこちらも軽々しく動けないのだ」

 内心の苛立ちを押さえこみ、勤めて冷静な物言いをするグラキオ。
 候補を既に絞り込んでいるにも関わらず、それを口にはしない。否、出来ないのだろう。
 つまり、それほどその内通者が慎重を期して当たらなければならない人物なのだろうと、ミズキはグラキオの様子から当たりを付ける。
 とすれば、これ以上その話をしてもグラキオを困らせるだけである。

「わかった。そっちの件は一旦置いておくとしようぜ。何かわかったら教えてくれれば良い」

 そう察したミズキは、ひとまずこの話を打ち切った。

「とりあえずは、今実際に銃をばら撒いてる連中を捕まえることにしようぜ。上手くやれば、そいつらから情報を聞き出すこともできるだろ?」
「済まない、そうしてくれると助かる。こちらも出来るだけの支援はさせてもらう」

 そう言って、グラキオは席を立った。
 重要な案件とはいえ、政務官と言う立場上、それに掛かりきりというわけにもいかないのだろう。
 先ほど言ったように、この後は昼間の事件の後処理に向かうのかもしれない。ミズキもミリスも何も言わず、玄関までグラキオを見送る。
 そして、玄関に手をかける間際、グラキオが言った。

「これは一人言だが、最近一部の貴族が不穏な動きを見せている。どうにかしなければ、な」

 言い終わると、振り返りもせずドアを開け、外で待っていた護衛を連れて去っていく。
 それを見送ったミズキとミリスは、顔を見合わせ、呟いた。

「……貴族、か」


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